facebookでの写真アップが圧倒的に楽で、でもそこで備忘録的にコメントとかすると、ブログと一本化できなくて不便だなと思っていたので、試してみます。といってもただリンク貼ってるだけですが。
http://www.facebook.com/media/set/?set=a.2335822449348.121174.1663444845&type=1
madridにあるcoderchの唯一(?)の作品。マドリッドの街並の中ではかなり変わったたたずまい。下部の店舗と上部の住居を分節する庭のような空間はすごく気持ちがいい。街路、地下まで掘られたパティオ状の空間との関係も自然で、都市に対する大きなプレゼントだと思いました。リッチなプロジェクトでないと、ここまで大胆に空間を使えないと思うけど、この建物がなくなったら、この場所も魅力が半減してしまうなと思えるような、この建築が街区の一部をつくっているような、都市の建築ってこういうことだなと、改めて実感できた。当初のプランだと各住戸には大きなテラス空間があって、すごく豊かな空間。ただ内部か外部かの違いではなくて、空間構成上も外部に位置しているから(とにかくプランが面白いんです)、現状はテラスを内部化しているものが多いけど、おそらく魅力的な半外部空間として、機能してるのではないだろうかと思う。ちなみにここはサラマンカ地区といって、東京でいう表参道みたいな所。下部のつくり方はなんとなくフロムファーストビルの感覚を思い出させる。僕はあの建築好きです。ただやっぱり日本とマドリッドの日差しの違いが空間に与える影響というのはすごく大きいと感じます。それってなんだろう、照度とか実際に違うのか?
昨日もスタジオでは色々な事件が起こった。当初の予定だと、もう個人作業に移行するタイミングなんだが、一昨日の議論の延長で、もっと現状について詳しく知る必要があるからと、20人くらいの学生が、ひとつのグループとして作業をしたいと訴えたのだ。というツイートの続きから。
彼らの主張は、このプロジェクトを考えるためには、実際に何が起こっているか、もっと詳しく調べたいということ。(そしてこれはどうなるのかわからないけど、情報を共有しつつひとつか複数かわからないけど作品を提出するのかな。)リアリティが湧かないということなのかもしれない。でもそれは特に僕のように、言葉も文化も考え方も違う国からやってきた者にとってはなおさら。モロッコだってカサブランカだって、どんな所か全く想像がつかなかった。だから、できるだけその場所のことを知りたいと思った。敷地にも行ってみたいと思った。
ただ同時にどこまで知ることができるのだろうと思う。グローバルに建築をつくるとはどういうことかという問いでもある。いまここで手に入る、カサブランカについての情報は、ネットだったり本だったり、facebookのコミュニティページ(これが以外に使える。でもアラビア語は無理)だったり、行ったことのある人の感想だったり、そういうものだけれども、どれもある断片を垣間見せるだけで、全体像は自動的に構築されてはいかない。それは多分敷地に訪れたところで同じ。
僕はその全体像を構築していく作業が、そのまま設計行為だと思っているから、設計しながらじゃないと、情報が効果的に処理できない。
でも情報技術によってその情報の処理能力がどんどん増えていくとしたら、あらゆる変数を参加させたらどんな建築が生まれるのかという可能性と、同時に空間がどれだけそれを独立した変数としてではなく、ある複合した状態として顕在化できるのかという可能性があるのだと思う。
実際的には、情報の精度も、量も、どこかで線引きしないといけない。というか、ある時点でそんなに情報は必要なくなってくる。どんどん空間の問題に変換されていく。
もっと知りたいこと、それはもうたくさんあるけれども、このスタジオで、僕は、富める人も貧しい人も、全然違う人種も、動物も植物も、光も風も、何でも共存できるような場所をつくりたい。スラムをいますぐ一掃したり、経済格差を解決することなんて建築にはできない。でも色んな階級の人たちがごっちゃにいても違和感のない空間をつくることは、きっと建築にできる。それでいて、どうしても現実的に対応せざるを得ない部分もまた顕在化してくる。この大きな敷地で、この辺で起こっている色んなことを顕在化したような都市のような環境のような空間がどんなものか試したい。
20人で一つのプロジェクトに取り組むとしたら、個人でやっているプロジェクトと比べて、情報量も、完成度もクオリティも高くなるだろう。間違いも少なくなる。でも、だからといってすごい建築になるかは全く別の水準の問題だと思う。ただ本当にそうやってひとつの作品ができるとすれば、それにはすごく興味があるし、楽しい。見てみたい。
彼らのスタジオでの姿勢は、情報とその処理、条件の選択と建築設計に関わる問題提起でもあったけれども、設計の方法論への直接的な関心というよりは、どちらかというと建築家の社会的位置づけに対する関心なんだろうと思う。そういうニュアンスを強く感じる。もう少し様子を見たら色々と話してみよう。
僕は、一人の人間の構想力というものに惹かれる。だからそれを鍛えたいと思う。
それはもちろん一人きりで作業するとか、誰とも相談や議論をしないとか、情報を遮断するとか、そういう意味では全くない。構想力というのは、情報の処理能力のことでも決してない。どういう問題や条件を選択して、それをどうくみ上げて、ひとつの空間にするのかということ。一人といっても、ある環境の中で色々な人やモノと関わりながら漂ってる自分という部分に過ぎないのだけど。
創造的に乗り越えるという言葉が好きだ。
西沢立衛さんの「西沢立衛建築設計事務所スタディ集」を、昨日ETSAMの巨大な図書館で見つけて読んで、その言葉を見つけた。スタディという行為そのものと、そしてそこから生まれてくる様々な可能性に溢れた魅力的なモノたちについて書かれたその文章の中に。
「膨大な費用と労力をかけたCGを、5秒くらいで描かれた落書き一枚が、創造的に乗り越えてしまうこともある」
だから、そういう落書きみたいな建築を、ここで考えられればなと思っている。
朝晩は冷え込むけれど、まだまだ暑いマドリッドです。
風邪がなんとなく完治しないまま長引き、ビザの手続きやなんやかんやで痛い目にあいつつも、グループ作業で議論したり、建築を見に行ったり、スペイン語の勉強をしたりと、こつこつやっております。宇治の整備計画ももちろんこつこつマドリッドで作業しているわけで。
出国前に宇治で行ったワークショップの様子が記事になっているので紹介します。
関心の低さ。そうですね、まだまだこれから。始まったばかりです。
今は文化的景観という文化財指定を受けての補助金利用、整備計画だけど、それだけだと、生活に密着した切実な課題に対して取り組むことがなかなか難しい。ここを入り口にして、宇治全体のurban designを視野に入れないと、そこへ位置づけないことには、この計画はほとんど意味をもたない。
そしてそれが新しい建築に、新しい都市空間の創造につながっているのだろうかと、自問自答を繰り返す。もちろん、ほんとに自問自答だと、プロジェクトは動かないのだけれど。
「自分はいつも初めての、やり方の決まっていないことに取り組んできた。だからそういう訓練を君たちは研究室でも積んできたはずだ。」と、最後の会で受け取った、師の言葉を思い出し、いいプロジェクトにしてやると誓う。
el vacío como lugar/場所のような空白
とは何かを考える。
VIDEO
何かがなくなるということを目の当たりにしてからそう日が経ってない。
生きることは建てること、築いていくことなんだなとふと思う。
真っ先に建てられた新しい電線。
人は片付け、秩序をつくり、また築く。
ばらばらでめちゃくちゃだった空間が、どんどん空っぽになっていく。
からっぽになっているのに、秩序が生まれ、またなにかが始まる場所みたいになっていく。
そういうことに、初めて気づいた。
マドリッドに来てちょうど2週間が経過。
到着時、後期の授業はすでに始まっていて、色々見て決めようかとも思ったけれど、どうしてもMANSILLA+TUÑÓNに一番惹かれるので(でもインターンは絶対Antón García-Abrilのとこに行きたい)、MANSILLA+TUÑÓNスタジオに決め、早速濃い毎日が始まっています。
プロジェクトサイトはモロッコの
カサブランカ で、何故アフリカ?と思ったけれど、カサブランカは1515年からポルトガルに主導されて街が整備され、リスボン大地震によってポルトガルが引き上げてからは、スペインとフランスが介入、一時フランスの保護領になるなど、ヨーロッパ各国と文化的にも経済的にも強い関係を持つ。農村から都市部への人口流入が継続し、経済格差はスラムとなって表れる。港を中心とする旧市街地は、多くの観光客が訪れる観光地になっているようだが、興味深いのは、旧市街地の周辺に拡大されていった新市街地で、ここは都市の人口増加に対応し、スラムの拡大を防ぐための、安価で大量の住宅供給という使命が課せられた、いわばモダニズムの実践の(というか実験の)場であった。こうした開発は主に保護領末期の1940年代に始まる。
※1
Michel Ecochard が組織した、モロッコ現代建築家グループのGAMMA、後のCIAMMorrocoによる、ソーシャルハウジングを中心としたアーバンデザインによって骨格ができ、その後は、住民の領有と増築によって、平屋の中庭型住居が数階建てに増築されたり、バルコニーが全て内部化されたり、住民の故郷の様式が再現されるなど、たくましい変容を遂げて今に至る。
※1※2
街区ごとに異なる開発は、それぞれに意図する思想や生活のイメージの違いを平面に印していて、まるでピラネージのコラージュ画*3「古代ローマのカンポ・マルツィオ」のよう。左がカサブランカ。
ソーシャルハウジングは、スラムの住人に住居を共有することがひとつの目的であったからなのか、スラムに近接し囲い込むようにつくられている。そこに学校やモスクができ、マーケットが生まれといった具合に、様々な要素や領域が混在している。このプロジェクトの最終的な成果物は、その中に位置する敷地にマーケットや学校、駐車場等を含んだ公共空間をつくるというもの。
ただスタジオは、それまでにいくつものプロセスを踏むようにデザインされていて、動画をつくったり、敷地の分析といっても新たなカルトグラフィ(製図法)を求められたり、アプローチは非常に新鮮で面白い。
敷地の分析として作成する、”自分たちの地図”は、アーバニズム的な表現を意識的に避けるようにしている。例えば何かの要素をプロットして、それを重ねて終わり、とはならない。注目した要素やその変数どうしが、どう関係しあってひとつの自立した関係図を形づくるのか、そしてそれをどう表記するのか、そのように収集したデータを変換しながら進んで行く。
情報の共有性が特に重要となるプロジェクトでは(例えば宇治のプロジェクト)、特別な表記法を考えても、共有できないんじゃないか、それなら、できるだけオーソドックスな表記法で伝わるようにする必要があるのではないかというふうに考えていたが、挑戦する価値はある。
宇治の整備計画ではまちづくりと都市計画と建築設計とアーバンデザインとシティプランニングと、なんと呼べばいいのかわからない状況のなかで試行錯誤してきた。色々な矛盾を感じ、葛藤があった。それは今も変わらないが、こっちで色々と整理して、これまでやってきたことを見直したい。
このスタジオではすごくいい収穫ができるんじゃないだろうか。
そうじゃなきゃね。
※1「Architecture Without Architects―Another Anarchist Approach」Marion von Osten
http://www.e-flux.com/journal/view/59
※2「CIAM遺産の今」
http://www.gakugei-pub.jp/mokuroku/book/5290fes/col4.htm
*3 遺跡調査による復元図であると共に、空想によって不明部分が補われた結果、幻の都市のコラージュ画とも言える。「ICC ONLINE 海市/シグネチャーズ/招待建築家リスト」
http://www.ntticc.or.jp/Archive/1997/Utopia/Model/Signatures/index_j.html